「あんなにも切望してたのに」実装されたら不満を覚える矛盾
マグミクスは2026年2月5日、『ドラゴンクエストVII Reimagined』の発売に際し、アーリーアクセス権を利用したプレイヤーの反応を紹介する記事を配信しました。記事では「時間忘れてしまう楽しすぎる」といったポジティブな声が相次いでいることや、ストーリーカットへの賛否などを記しています。この記事に寄せられた読者の反響からは、快適性向上への歓迎と同時に、複雑な感情を抱くプレイヤーの姿が垣間見られました。
UI改善への評価は極めて高いようです。これまで、「やくそう」などのアイテムは各キャラのどうぐぶくろにいれる必要があったところを「今回はその辺のUIがFFシリーズみたいに共通のどうぐぶくろに一本化され、持っているアイテムをそのまま全部使える」など、装備システムも含め大幅な改善が歓迎されています。実際のプレイ感も快適なようで、「面白くてサクサクだしいいリメイクだと思います」との声も寄せられていました。
ところが、この快適さが予想外の感情を生んでいるようです。「サクサク進みすぎてなんか不安? になる」「過去世界ルーラをあんなにも切望してたのに、実装されたらそこに不満を覚えてしまう。人間ってワガママだなぁ」といった声に見られる矛盾した感情は、もしかするとオリジナル版を経験した多くのプレイヤーが直面しているかもしれません。
この一見すると不可解な心理は、「手間がかかること」が持っていた価値への気づきにあるのではないでしょうか。「PS版でゆっくり時間をかけながら自分の頭の中で想像を膨らませて、キャラに思いを馳せたりじっくりやるのが個人的には好きだった」というコメントからは、手間がかかることで生まれていた没入感が見えそうです。「街の全ての住民に話し聞いてイベント終了後にまた聞いて…みたいにチマチマ丁寧にやるのが好きなタイプなので時間かかったオリジナルは本当に楽しかった」という声も。つまり、「手間(≒不便さ)」への不満と、その「手間」がもたらしていた充実感は、表裏一体だったというわけです。
オリジナル版を経験しているプレイヤーの、26年という時間のなかで変化した環境という要素もあることでしょう。メインボリューム層と思われる当時学生だったプレイヤーも、いまや40代前後から後半の、多くが仕事や家庭を持つ世代です。時間効率は切実であり、頭では「これでいい」と分かっているのに心のどこかでさみしいと感じてしまう、というのは、矛盾していながらも理解できる感情ではないでしょうか。
ゲームに求められるものが時代とともに変化していく中で、不便さという要素をどう扱うかは、RPGのみならずゲーム制作における永遠のテーマといえるでしょう。便利さを追求すれば没入感が薄れ、不便さを残せば時代に取り残される。この難しいバランスの中で、望んでいた快適さが実現したとき、私たちは効率という「果実」を手に入れ、手間という名の「物語」を取りこぼすのかもしれませんね。
https://news.yahoo.co.jp/articles/645c5b8bbf84bd5677d870a62eaa6e01d1a0960c
快適なのはいいと思う
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Source: ジャンプ速報
